「あなたとなんか、結婚するんじゃなかった!!!」 もう嫌だ。 こんな生活、耐えられない。 「消えてっ!今すぐ私の目の前から消えて頂戴!!!」 激しい眩暈を覚え、そのまま意識が飛んでいたのだと思う。 どのぐらいの時間が経ったのだろう。 気が付くと私は、一人見知らぬ部屋に佇んでいた。 「何、ここ・・・・?」 私はその部屋の異様さに、思わず息を呑んだ。 家具らしいものは何も見当たらない。周囲に堆く積まれている物といえば、ぐしゃぐしゃになった服や雑誌などで、他にも飲み食いした物のカスがらしきものが、コンビニの袋からだらしなくはみだしていた。 狭苦しい部屋全体には、何かが醗酵したようなすえた臭いが満ちていた。 生ゴミが腐ったような臭い。加えてひどくカビ臭い。 私はぐぐっ喉を鳴らして吐き気をこらえた。 少しでも体を動かすと、がさごそとそこらじゅうの何かに触れる。 物に埋もれて床は見えなかったが、足もとの感触はやけにべたついていた。 ぐちゃっ・・・・ ぐちゃっ・・・・ 何かが全身に絡み付いてくるような感触。 気のせいだろうか? 体がやけに重い。 「ここは・・・・どこ?」 その時、目の前のゴミの山のスキマをぬうように、携帯の着信音が聴こえてきた。 我に返った私は、ばさばさとそこいらのモノをどかし、かき分け、焦って携帯を拾い上げた。 と、聞き覚えのない男の声がした。 「山下さん、あんた返済期限とっくに過ぎちゃってんだけど、どうなってんの?」 山下・・・・? 違う。それは旧姓だ。 私の今の苗字は、松本。 わけのわからない電話を切った後、大急ぎで自宅に掛けてみた。 「おかけになった番号は、現在使われておりません・・・・・」 なんで? 使われてないってどういうこと? 動悸は徐々に激しさを増していた。 私は悲鳴をあげそうになるのを、必死でこらえていた。 湧き出る恐怖を押さえ込もうと努める感覚は、尿意をこらえる感覚に少し似ているかもしれない。 震える指を必死で御しながら、私は夫、順平の携帯に掛けてみたのだった。 祈るような気持ちでキーを押す。 だが、電源が切られているようだ。 「もうっ!肝心な時にいつもこうなんだから!」 順平に対して慢性的に抱いている苛立ちや不満が、またもや爆発しそうになったものの、私はようやく息を整えた。 今はとにかく、落ち着かなくては。 その後、何度掛けなおそうと、順平の携帯から返って来る反応は同じだった。 それにしても、本当にここはどこなのかしら? 私は一体、なんでこんなところにいるの? 背中にじっとりと滲んだ汗は、徐々に冷たくなってきている。 「とにかく冷静になって考えるのよ。 冷静に、冷静に・・・・・」 そうだわ、親友のアサミの携帯に掛けてみよう。 藁にもすがる思いで、彼女の携帯を呼び出してみる。 「ユキエ?・・・・・どうしたの?」 聞き覚えのある声を耳にして、私の身体から力が抜けていくのがわかった。 「アサミ、助けて・・・・私、何が何だかわからなくて・・・・」 と、受話器の向こうからは 「またなの?」 意外なほど冷ややかな声が返ってきた。 「お願いだからもうやめて。電話もかけてこないでって言ってあるでしょう」 「え・・・・?何?どういうこと?」 「悪いけど、これ以上はあなたにつきあってられないの。仕事中だし、とにかくもう切るからね!!」 「ちょっと待って!アサミ!」 プツリ・・・・・ツーツーツー・・・・・。 通話を切られたと同時に、頭の中の回線もまた、ブツリと断ち切られたような気がした。 なにがなんだかわからない。真っ白である。 「アサミ、一体どうしちゃったのよ・・・・」 まるで異次元空間に迷い込んでしまったかのようだ。 いや、実際ここはそうなのかもしれない。異次元空間。とても現実だとは思えない。 得体の知れない何かに弄ばれているような・・・・そんな不気味さに全身が縮み上がる。 私は携帯を握り締めたまま、がっくりと肩を落とした。 つづく #
by soraemori2
| 2010-02-19 23:52
| 短編
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