夕靄に沈むコトバがあり、これはもう死にかけているのだなと思った。 私は少し病んでいたので(恐らく)、もはや静かに消えゆこうとしているこのコトバにさえも、強い執着を抱いてしまった。 遠くから眺めているだけでは飽き足らず、手を伸ばしてそのコトバにそっと触れてみた。 ざらついたコトバは少し湿り気を帯び、夜風のようにひんやりと冷めたい。 指を挿し込むと「ぐぅぅ」と呻きながら、弾力をなくした表皮をあっさりと破られるに任せた。 私はそれを両手で持ち上げてみた。 思いのほかに重量感があり、それを長く持ち続けることを両手は拒んだ。 「悪寒がしてくる」のだそうだ。 「私の何がいけなかったのでしょう? 私をこんな風に酷い姿に変えたのはあなたなのですよ。 あの時あっさりと空中に解き放ってくれていれば、私はここまで惨めな姿を、晒し続ける事も無かったのに」 死にかけたコトバが恨みがましい口調でねっとり絡みついてきたので、私は罪の意識を感じる以前に、更なる嫌悪感を胸に抱えてしまった。 「ご存知でしたか?こうなってしまったコトバはね、実はなかなか死ぬことができないのです」 コトバは哀しげに言葉を続けた。 コトバの言葉に きゅっと身を固くした私の反応を、コトバは見逃さなかったようだ。 今度は少し得意げな口調でこう続ける。 「あなたは私が死んでしまえば、全てが終わると考えているのでしょうが、いいえ、 私は死にはしないのです。 私のようになってしまったコトバは、 形を変えて巣食うのです。 あなたの魂の一部となって、恐らくこの先も永いこと・・・・・・」 一瞬コトバが、してやったりというような表情を見せたので、私は思わず腹を立て、コトバを力任せに地面に叩きつけてやった。 ぐちゃり はっきりとそう音を立てて、不恰好にへしゃげてしまったコトバは、それからはもう黙りこくり、だらしなく四肢(?)を広げて横たわった。 「乾くに任せておけば良かったのに」 やがてコトバは、身体をふり絞るようにこう呟くと、ついにぴくりとも動かなくなってしまった。 しかしその目は、うつろに開かれたままだった。 哀れみのまなざしで見詰め合うコトバと私は、宇宙の営みからも取り残されたように、いつまでもその場所に漂い続けていた。
by soraemori2
| 2009-10-14 15:52
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